第1章 兆しの娘 4

 2008-11-08
娘も火を灯した。
ゆらゆらとした炎に照らし出され、はっきりと浮かび上がる部屋の中は思ったよりは広い。ふいに目の端に入ってきた人影に一瞬ぎくりとした。
置かれていた鏡に映し出された自分の姿だった。
「ああ、自分が映っているのか・・・」
鏡の中の自分の姿を見つめる。
改めて見てみると全くの少年の姿をした自分がそこに立つ。長かった髪と娘らしい衣装を思い出して少し寂しそうに微笑んだ。
「そうだ、あんたはどんな姿をしているんだ?」
「姿?」
「そうさ、髪の色とか目の色とか・・・身の丈とか・・・・。こうやって話をしているだけでは、想像できない。わたしの自慢は髪だったんだ。陽の光に輝くストロベリー・ブロンド・・・。尤もそれもこの旅で切っちゃったけどさ。自分で言うのもなんだけど、そりゃ見事なもんだったんだ。黙って立ってるわたしを見たら、あんたもきっと”少年なのか?”なんて聞きゃしないだろうな。」
男は自分の失言に気が付いた。
「悪かった。女性にしては、あまりにさっぱりとした潔い受け応えについ・・・・、その部屋にも今までにも幾人かの人間が入った事があったが、いずれも己の身に起きたことに嘆き悲しみ、絶望するばかりだった。君のようにそれを1昼夜で笑いとばせる人間は珍しくてね」
男は娘の誤解を解こうと言葉を並べた。
「あはは、冗談だよ。そんなに気にしていない。やっぱりあんたいい人だね。でも、ふうん・・・・、何人もいたんだ。・・・・って事はわたしも、いずれここから出してもらえるんだろうか・・・・でも、あんたは記憶に残らないくらいここにいるんだったね」
娘の声のトーンが沈み込んだ。
自分が長くここにいる事は否定できない。それに今まで捕らわれていた者たちの末路を訊ねられたくはない。男は慌てて話題を変えようとした。
「そうだ、わたしの姿だったな。わたしには殆ど色素がないんだ。髪は・・・・銀。長さは長いな。君の自慢の髪ではないが、ここでは刃物の使用は許されていないから切ることも出来ないんでね。上の方で結いあげている。それに、瞳の色も銀に近いな・・・・・・。不思議な色だろう?」
「本当だ・・・」
頭上から声がした。
上を振り返った男は小窓の方を見上げて、言葉を無くした。蝋燭の光の中でも鮮やかに煌めく赤い髪が目に飛び込んでくる。
華奢な指を鉄格子に絡ませて、こちらを覗き込む娘の顔がそこにあった。
「男性の部屋を覗くなんてはしたない事だったね。でも、どんな説明を聞くより一見した方が早いじゃないか」
驚いた顔を向ける男に娘はいたずらを見つかった子供のように舌を出してみせた。悪びれない娘の無邪気な笑顔に一瞬にして惹き付けられる。男は額に手を当ててうつむいた。
娘の体力はいつまでも鉄格子の向こうを覗き込んでいる事が出来なかった。必死でしがみついていた手を放すと地面へと足を付けた。
再び顔を上げた娘は男に見せた顔とは裏腹に浮かない顔をしている。
「銀、なんて綺麗な銀の色・・・・でも、ブラウンじゃなかった・・・・。でも、そうだな。そんな筈ないんだ。もしカイトーなら、わたしの事を忘れている訳ないんだ。」
小さく呟いた。娘は男が自分の探している相手だったらいい、と密かに期待したのだ。
「全く君にはかなわないね」
男は堪えきれずに大笑いをした。目には今まさに飛び込んできたばかりの見事な色がちらついている。
夕べちらりと見えた輝きは、あれほどに見事な色であったのか。日の元で見るとさぞや眩かろう、と想像する。
「覗いたりしてごめん。・・・・もしかしたら、あんたがわたしの探している人間なんじゃないか・・・なんて思ってしまったんだ。」
男は笑うのを止めた。
「大事な相手・・・・なんだろう?光栄だけどその相手がわたしではきみに申し訳ない。大丈夫、見つかるさ。そうだな。ここを出た暁にはわたしも一緒に探してやろう。だから気を落とすな」
「ありがとう、本当にあんたやっぱりいい人だよね」
あまりに娘に”いい人”を連続されて男は少し気恥ずかしくなる。しかし他意のない娘の言葉は妙に気持ちがいい。
「それに・・・・」
「それに?」
「その姿は神々しいくらいに綺麗で・・・」
娘は言葉を切った。そして照れながら言い放った。
「いい男だった」
相手を目の前にしていないというだけで、思ったままにすらすらと口をついて出る。
「でも、誰かに似ているような・・・・・」
「王に」
すかさず男は言った。
「凶王に似ているのさ、この顔は・・・」
「ああ、そうだったんだ」
謎が説けて娘はすっきりした。
「何故、とかどうして、とか君は追求しないのかい?」
今まで、その姿をみた者の中には凶王への怒りをそのままぶつけてくる者もいた。男にとってはそれが普通の事だった。
「それこそ、何故?どうして?と聞きたい」
「それは・・・・・」
「そういう事を今までに言われた訳なんだね。・・・・でも、あんたはいくら似てたって凶王じゃない」
娘のその言葉に男は見ている者の胸が苦しくなるほどに切ない、それでいて何とも言えぬ嬉しそうな顔をした。


第1章 兆しの娘 3

 2008-11-04
「誰か・・・いるんだろ?一体、何者だ?」
じっと瞑想していた男は問いかけてくる声に、娘が思ったよりは元気な事を知った。
しかし、どう応えるのが相応しいのか返答に躊躇した。
そもそも自分は何者なのだろうか?
返事がない事に少し娘は緊張した。
「・・・・・・・・・・・君と同じようにここに捕らわれている者だ」
やっと声が返ってきた。落ち着きのある柔らかい声。娘は安堵した。
「ここは・・・どこだ?」
その質問にまた男は考えた。
凶王の居城と言えば、怖がらせるのだろうか。
「応えにくい質問だったか?・・・・・いい、わたしが言う。凶王の居城なのだろう?」
「知っていたのか」
「そんな気はした。わたしを捕らえたのは凶王の軍兵だったからな。気を使う必要はないさ。あんた優しいんだな」
「凶王の名が恐ろしくはないのか?」
「そう問われれば恐ろしいって答えるよ。でも、こうなったからには仕方がない。何も知らずにいるよりは知った方が活路を見いだせる」
笑って応える娘に、男は考えすぎる自分に失笑した。
「ところで、君は・・・少年なのか?」
男はふと浮かんだ疑問を口にした。声のトーンはまさしく女性のそれだ。しかし、そのはっきりとした物言いは少年のようにも思える。
その問いに娘は大笑いした。
「口が悪いせいか、よく言われる。・・・・・わたしは、サクの村長、ユージンが娘・・・・」
名を名乗ろうとしたところで、父の言葉を思い出した。
『お前の名は力の源。例え何人であろうとその名を知られる事があってはならない』
今となっては、守るべき遺言だ。
「すまない。故あって名乗れない。だからわたしもお前の名は聞かない」
男は娘の論法に声を殺して笑った。そしてその言葉から娘の誠実さを感じ好ましいと思った。
「・・・・律儀だな。偽名でも一向に構わないのに・・・・」
「いい、あんたも名乗るな。絶対、名乗るんじゃないぞ」
思わずむきになった娘の言葉にそのまま会話が途切れた。
静寂は娘に生々しい記憶を呼び起こさせる。いくら強がってみせても涙がこぼれてきそうになる。
「ねぇ・・・迷惑じゃなかったら、もう少し話し相手になってはくれないか?黙っていると絶望の淵に落ちていくようだ」
「無理しなくてもいいと思うが・・・・・」
「無理などしてない。。何もせずに自分に起きた事に嘆き悲しんでいるのは楽だ。わたしだって何もしなくて事態が好転するのならそうする。そうでないのなら、今いる場から、この先に進めるように一分一秒でも早く立ち上がる方を選ぶ。だって、わたしにはやらなければならない事があるんだもの」
「やらなければならない事?」
思い出の中の大切な相手の存在が娘の顔に優しい笑みを浮かべさせる。
「人を捜しているんだ。誰よりも大切な相手・・・・。そうだ、あんた、知らないか?わたしも今の姿は知らないけれど・・・・」
男は慌てて唐突な娘の質問を遮った。
「すまない。・・・・・すまないが・・・・」
全てを聞く前の男の言葉に娘は不思議そうな顔をした。
「わたしはもう記憶に残らないほど、長くここにいる」
男の指す言葉が何を意味するのか、娘は自分の不用意な言葉に気が付いて、思わず顔を赤くした。
「外の世界の事は何一つわからないんだ。だから君の人捜しに役立つ情報は持ってない。役に立てなくて心苦しいが・・・・・」
娘は厚い壁に手を当てた。
「・・・・ごめんなさい。ここが壁に阻まれていて助かった。あんたに合わす顔がないよ」
娘はとてもまっすぐで素直だった。
「君は事情を知らないんだ。気にすることはない」
男は軽く笑った。娘と話をしていると気持ちが軽くなってくる。
男は燭台に火を灯した。小窓から明かりが洩れてくる。
「明かりがあるのか?」
娘は驚いて大きな声をあげた。
「ああ、君はまだ知らないんだね。闇に目が慣れてきたら周りを見回してごらん。ここは・・・・牢獄ではない。人が生活するのに最低限のものは揃えられている。きみの部屋も同じだと思うよ」
娘は目を凝らして部屋の中を見回した。成る程、男の言うとおりに必要な備品は揃っているようだった。
「ああ、わたしはやっぱり余裕がなかったんだな。あんたに言われて初めて気づくなんて、こんな事じゃこれから先が思いやられる」
そう言って大きく伸びをした。
男の存在は娘の張りつめた神経を解きほぐしてゆく。


つづく

第1章 兆しの娘 2

 2008-11-02
厚い壁に阻まれた二つの部屋を繋ぐのは男の背より少し高い位置にある鉄格子のはまる小さな窓。
時折、聞こえてくるすすり泣く声にそれが若い娘である事を知る。
自分の身一つ自由に出来ない男には啜り泣く娘に、慰めの言葉すら浮かばない。
目を閉じじっとその声を聞くだけの、己の無力さに男の顔は苦痛に歪む。
やがて、疲れたのか、はたまた涙が涸れたのか娘の声が途切れた。

男が思わずそっと小さな窓を覗き込むと薄暗い部屋の片隅で微かに輝く娘の髪が動くのが目に入った。
無事を確かめると男は寝台に腰を下ろし壁を静かに指で叩き始めた。最初はゆっくりと、小さく・・・。
リズムをとるその指は振動を伴い二つの部屋の相乗効果で優しい響きとなって娘の耳にも届く。
男の奏でるひどく懐かしさを覚える調べに、幾分落ち着きを取り戻すと娘は目を閉じ聞き入った。
やがて疲れ果てていた身体は優しい響きの中、意識は漂いゆっくりと眠りについた。
深い眠りの中、幼い頃に行方知れずとなった懐かしい幼なじみを夢で見る。それは魂で繋がった一対の相手。
昔に失った幸せな夢に眠る娘の顔に笑みが浮かぶ。

やがて夢は終わる。深い眠りから目覚めた娘は、暫くの間自分がおかれた現実を把握する事が出来なかった。
目覚めても目の前は薄闇、今が日中なのか夜なのかすらわからない。
目覚めた娘を迎えたのはそんな風に時間の感覚すらなくなる静寂の中だった。
しかし、次第に目が慣れてくるのと同時に自分の身に起きた出来事もはっきりと思い出されてくる。

娘は旅に出たばかりだった。
美しかった自慢の長い髪も切り、男の姿をし腰に剣を携えた。
娘の旅の目的は幼い頃に生き別れた幼なじみを探し出す事である。そこまでしてでも探し出さなければならない大切な人間だった。
しかし、それ以上に娘自身に凶王の手が迫っていたのである。娘には秘密があった。村長である父親の手配の元、何も知らされないまま娘は堅い決意を抱いて、貧しくとも自然豊かで平和だった村、優しい両親、幼い妹、弟と別れて、追われるように村を後にした。
その直後に、娘の村は凶王の襲撃を受けたのである。
娘にしてみれば、大きな戦の気配もなく村が襲撃される理由など何もなかった。襲撃の目的が自分であるなど思い及ぶ訳もなく取り急いで駆けつけた娘は目の前に広がる村の惨状に放心した。そこを凶王の軍に捕らえられたのだ。

蘇った記憶が近しい人の死を再び実感させ、既に涸れたかと思われた涙が再び頬を伝う。
その娘に一番新しい記憶が上書きされた。
夕べのリズムの主は・・・・。
部屋を見渡す。小さな窓が目に入った。
敵か味方かわからない相手に声をかけるのは躊躇われる。しかし思い切って娘は声を出した。
最初のそれは音として発される事はなかった。高鳴る鼓動に深く呼吸をする。吸って、吐いて・・・・気持ちを落ち着かせた。

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【一心】

Author:【一心】



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そんな日々思うことを徒然に・・・。
更新は不定期です。
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