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【短編】 タランチュラ 4 〜人外魔境 外伝〜

 2009-03-31

激しい毒を持つこの種を知っていながら、手を差し出して近づきそうになるわたしを諫める声が響いた。
「それ以上、動くんじゃない!」
わたしの動きは止まった。
「・・・ゆっくりと、彼らを刺激しないように足下を見て」
言葉に従い視線だけを足下へ向ける。
そこには、まるで絨毯を敷き詰めたかのように無数のタランチュラが蠢いていた。
それを認識するとともに、無意識にわたしの口から小さな悲鳴が洩れる。
流石にこの数の毒蜘蛛を前にすると、いくら強気なわたしでも背筋が寒くなる。助けを求めるかのように声のした方へと顔を向けた。
静寂の中にその姿を見つける事は出来なかった。
周りを一巡した後にやっと樹木の影にその人物を見つける。
よく日焼けした褐色の肌に黒い髪、黒い瞳の青年。その顔立ちには見覚えがあった。
目があった瞬間、青年から笑みがこぼれる。
次には信じられない行動に出た彼にわたしは自分の置かれた状況を一瞬忘れた。
毒蜘蛛の絨毯の中へ一歩足を踏み出したのだ。
「あっ!」
毒蜘蛛の餌食となる青年を想像して思わず目を閉じた。しかし、思わぬ静けさにまたゆっくりと開ける。
目の前には何事もないように立つ青年がそこにいた。
無数の毒蜘蛛たちは彼を中心として潮が引くように地面を這い去ってゆく。やがて、それらはわたしの足下からも消え去った。
安堵とともにわたしは再び、コバルト・ブルー・タランチュラの存在を思い出す。しかし、その姿も既に消え去っていた。他の蜘蛛たちとともに去ったのだろうか。
恐ろしさから解放された喜びより残念さが増す。

「ナルセ?」
名を呼ばれて振り向く。
ああ、それよりこの青年は何者なんだろう。
目まぐるしくいろんな疑問が頭の中を巡る。
何故、わたしは彼の話す言葉を理解しているのだろうか・・・。いや、これは日本語だ。それに、どうしてわたしの名前を知っているのだろうか・・・。ムタイがわたしの行動を察して自分の代わりに付けたガイドなのだろうか。
「ナルセ、不思議そうな顔をしている・・・。ぷっ・・・くっく・・」
青年はわたしの表情に堪えきれないように声を立てて笑った。
想像は付く。多分豆鉄砲を食らったような顔でもしていたのだろう。昔、そういう事を言われた事があるような気がする。そしてこの青年の笑い方も知っているような気がするのは何故なんだろう。
ぐるぐる、ぐるぐる、結論の出ない疑問が頭を渦巻く。
「ナルセ・・・・会いたかった」
と、青年が突然腕を回して抱きついてきた。
「ひぁ・・・」
訳の分からない叫び声をあげて咄嗟に青年との距離を取った。青年はそんな風に狼狽えているわたしを不思議そうに見つめた後、納得したように手を打った。
「そうか、ナルセには僕が分からないんだね」
自分の取った行動を思い起こして気恥ずかしくなる。
「・・・初めまして・・・だわね。きっと・・・」
髪の乱れを直しながら出来るだけ毅然とした態度を取ろうとした。


つづく

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